春恋ねむ。の不定期ショコラβ(仮)

書庫をもじったものです。ステーキショコラにしようか迷いましたが、特に深い意味はありません。幽霊みたいな人が気まぐれで色々考えるブログ的なものがコンセプト。しばらくは暫定として、不定期ショコラSNS.β(仮)という記事に短文形式で書き込んでいく、アップデートしていく的な感じでやっていく予定でござるん。

今回の最高裁判所裁判官国民審査において対象となる池上政幸氏は、左翼が多数を占めるとされる法制審議会にかつて関与していたことが判断材料となりうるか?

 前回の記事で予告していたとおり、池上政幸氏に関する考察が主題です。池上氏については、今回の国民審査の対象となる判事でありながら、そもそも着任したばかり(今年の10月2日!)でもあって、少なくとも判例を頼りに判断するのは不可能です。そういった事情もあって、ネット上の数多くある考察においても判断を「保留」にしているのは無理ないことといえるでしょう。初めに断っておきますと、この記事上での池上政幸氏に関する考察は、あくまで可能性の範疇での指摘で、断定というかたちをとるものではありません参考にするのは、おそらくあまり出回っていない行政に関する情報なのですが、何分わたしが尊敬する人物が著書で指摘していることでもあることから、それを頼りに取り上げる次第です。

 池上政幸氏について多少なりとも調べたことのある方は、最低でも次のサイトでプロフィールをチェックされたことでしょう。

 

池上政幸 - Wikipedia

裁判所|池上政幸

 

上はいわゆるwikiで、下のものは裁判所のものです。が、この2つの記事を真剣に見回してもおそらく上記でも触れたように、①着任したばかりであること②検察畑を歩んできたこと、の2点くらいしか掴めないと思われます。

 

 わたしも最近まで、「おそらく何もないのだろうな・・・」と踏んでいたのですが、改めて検索エンジンで1、2ページ目だけと言わず、3、4、5・・・と丹念に調べてみたところ、とあるPDFが気にかかりました。色つきのキャッシュですが、次のものです。

 

法制審議会

 

それによると、<氏名>の欄に、池上 政幸(次長検事、とあります。

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たしかに上述した裁判所のプロフィールの略歴にも、平成23年頃次長検事を務めていたとあり、そのころに兼任していたのではないか?と考えることができます。試しに、wikiの「法制審議会」を見ても委員一覧の項におなじく次長検事の肩書きで記載されていることから、事実であることは間違いないようです。

 

法制審議会 - Wikipedia

 

 さて、ここで一旦立ち止まって考えてみると、おかしなことに気がつきます。上記に挙げたwikiであれ、裁判所であれ、池上政幸氏に関するページには法制審議会出身であるという直接的な表記は一切見られないのです。wikiの解説に従えば、「法務大臣の諮問に応じて、民事法、刑事法その他法務に関する基本的な事項を調査審議すること等を目的とする」とあるように、決してマイナーな部署のようには思えませんし、あとで詳述しますが、そもそも戦後日本史において無視できない影響力を司ってきた審議会なのです。

 

 wikiの「法制審議会」のページは、池上政幸氏が同審議会と接点を持っていたという事実が掴める点で有益なのですが、じつはウソが書かれていたりします。情報操作の一環なのか(別の分野になりますが、おかしな記述を見かけたことが何回かあります)、たんに杜撰でいい加減な編集がされているのか不明ですが、法務省のサイトにある、法制審議会に関するページをチェックすれば、一目瞭然です。wikiには、「2013年3月31日現在、19名の委員が任命されている」とありますが、池上政幸氏は2013年3月31日までに退任しているからです。

 

法務省:法制審議会 - 総会

 

この辺の人事異動に関するニュースは、ネット上でわずかながら見かけることができたので、紹介しておきます。

 

人事、法務省 :日本経済新聞

池上政幸 | 異動ニュース

 

日本経済新聞の報道では、2011年9月9日に法制審議会委員に就任しただろうことが伺え、異動ニュースというサイトでも内容を見てみると、2011年9月9日に就任し、2012年8月20日付けで退任したとあり、2つの報道を合わせるといつぐらいの時期に委員をやっていたかが判明します。

 

 こういった時期に関する情報を踏まえたうえで、改めて先ほど取り上げた法務省のページを確認してみたところ、辻褄があわないといったことはなく、たしかに2011年9月9日に就任し、2012年8月20日付けで退任したことは法務省のお墨付きが与えられたといっても過言ではないようです。ただ、実際に照合作業を行った1人として言わせてもらうと、お役所作業か嫌がらせか、歴代の法制審議会委員の名簿はPDF形式でデータとしてあるものの、非常に確認しづらいです。いちいち、第○○○回会議という個々のページにアクセスし、法制審議会委員等名簿というリンクをクリックして確認せねばならないからです。結論としては、2011年は平成23年で、2012年は1年後ということで平成24年。池上氏が委員をやっていた時期は、平成になおせば、平成23年9月9日から24年8月20日。この時期に当てはまる会議は、第166回会議しかなく、実際にその会議の委員等名簿を見ると、やはり次長検事の肩書きで記載されています。

 

http://www.moj.go.jp/content/000084701.pdf

 

その後に開かれた会議の名簿も全て確認しましたが、わたしのミスでなければ、池上政幸氏の名前はありません。よって、wikiの、「2013年3月31日現在、19名の委員が任命されている」という記述は誤りであることが立証されるのです。

 

 ついでに、法務省のページに記載されている、第166回会議の以前の会議についても隈なく委員名簿をチェックしてみたところ、第151回から157回の会議にわたって、「関係官」というポジションでなおかつ法務省大臣官房長の肩書きで関与していたことが分かりました。時期としては最低でも、2006年11月20日から2008年9月3日の間にも関与していたことになり、どうやら池上政幸氏は法制審議会とかなり縁があるようです。ただ、第166回会議の以前の会議といっても、第150回から過去の会議は実際に確認していただけると理解されると思いますが、そもそも委員名簿がありません。確認できません。何か都合が悪いのか知りませんが、ある時期までは情報公開すらまともにしていなかったともとれ、実態はかなりいい加減なのかもしれません。どこまで監督が行き届いているのか怪しいものです。

 

 池上政幸氏が法制審議会と密接ともいえる関係があったことを立証するために長文となってしまいましたが、本題はあくまで、法制審議会はどういう経歴があり、影響力があるのかについてです。法制審議会に対する言及・批判をしているのは、わたしが知る限りだと、中川八洋筑波大学名誉教授のみであり、その著書によってです。同氏は、霞ヶ関も含め各行政機関の思想汚染の実態に詳しく、記憶に頼って手元の著作群から確認してみたところ、2冊に法制審議会に関する言及が見られたので、以下それぞれ引用することとします

 

・『国が滅びる』(徳間書店)、221ページ。引用内の()はわたしの付記です

 

 むろん、米国としては、占領解除とともに(軍事や諜報に関係する)刑法第八三~八六条は日本がそのまますぐに復活できるように削除のままにしてそこを別の条項で埋めるようなことはしなかった。ところが、左翼が一大勢力をもって支配する法制審議会などがこの復活を阻止してきた。そればかりか、 日本の政治家もこの刑法第八三~八六条の復活を忘却してしまった

 

・『国民の憲法改正』(ビジネス社)、91ページ。

 

 また、日本を「スパイ天国」にしているこの刑法第八三~六条の削除が、GHQの命令ではなく、一九四七年に司法省刑事局長が第九条に連動させて独断でなしたのであれば、我々は今からでも糾弾すべきことを忘れてはならない。ちなみに、削除された刑法第八三~六条とは、次の通りである。そして、とりわけこの第八五条がないから、日本の政治家や大学教授たちがソ連中共北朝鮮のエージェント<工作員>になるのが少なくないのである。一九八二年のレフチェンコ証言のあと、この第八五条の復活をしようとした自民党その他に対して法務省刑事局は「法制審議会刑法会は認めませんよ」と答えて、国会の立法行為の自由を否定した法制審議会は国会の上位にある機関だというのであるが、どうもこれが現実である。三権分立法制審議会にだけは無力である

 

最近でも、安倍政権の数少ない功績である、特定秘密保護法制定の動きに対して、日頃から左翼団体や某国の工作員とも密接に繋がっているとみられるお察しな団体が強烈に反対運動を展開したように、どうも法制審議会も思想的に同志なのでしょうか。「国会の上位にある」と威張り散らすあたり、内閣法制局と似たようなものかもしれません。ということは、こういった独立グレン隊のような機関に配属されていた池上政幸氏は諸々の事情で就任しただけのノンポリなのかもしれませんが、もしかしたら都合が良いから度々法制審議会にお招きされていた可能性も否定できず、そうなると最高裁判所の判事に関する人選というのは想像以上に酷いものということになってしまいます。

 

 はなしを池上氏個人に戻し、改めて裁判所のプロフィールを眺めてみると、中川氏の批判で出てくる、法務省刑事局(昭和61年)やそれの刑事課長(平成10年)、さらには、法務省大臣官房長という明らかにお偉い職を経験していることがよく理解できます。アカの巣窟!との指摘がある部署だったり機関をこれほどにまで歩んできた人物となると、今回同じく審査される左翼色濃厚な、鬼丸かおる・山本庸幸・木内道祥氏らに匹敵するレベルなのかもしれません。審査対象となる5名全員に×を!という主張は、最高裁判所裁判官国民審査という杜撰な制度に対するNO!という点で正当化できる論拠というだけでなく、じっくり各人を考察してみると、決して過激というわけでも滑稽というわけでもないといえそうですね・・・。

 

 

最高裁判所裁判官国民審査に関するわたしの考察はこの記事も含め、4つあるので併せてお読みください!

 

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